2016年9月14日水曜日

お遍路手記(第9信)


お遍路に行ってきました。


今回は、第54番札所 近見山宝鐘院延命寺 から 63番札所 蜜教山胎蔵院吉祥寺 までの9ヶ寺にお参りしました。(このうち第60番横峰寺は次回11月のお参り予定)


前回の4月に続き、今回も朝から雨でした。天気予報も岡山と愛媛(伊予地方)は終日雨マークで最悪の予想でした。 ところが、9ケ寺のうち56番目の泰山寺のお参りをする頃から雨があがり、傘等は必要が無くなりました。これも「参拝者の日ごろの行いが良いから」と、あちこちから笑顔と笑い声が聞こえてきました。以後は曇天でしたが、雨は予報に反して止んでくれちょうど良い天気になりました。


本日最初のお寺である第54番札所延命寺では、雨の中、周りは本当に静かで、懸命にお経をお唱えすることしか集中するものがなく、お経を唱えていると不思議に自分の五感も研ぎ澄まされ、普段では聞こえないたくさんの音を聴き、体に感じることができました。
 

菅笠に落ち る雨音を聴きながら、 雨合羽にはねる雨粒の音を聴きながら、 本堂の大屋根から落ちる雨だれが玉砂利にはじける音を聴きながら、 手を合わせて祈る数珠 の音を聴きながら、 先達のお経を聴きながら、 線香の煙とろうそくの灯りを目にしながら、お経を唱えることが出来ました。
 

お経が終わったあと、10数秒は合掌したまま静かに祈りを捧げます。
静寂の時間が流れます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
このわずかな時間は、お遍路の一番の「心の糧」となっているように感じています。


58番札所の仙遊寺をお参りした時、お遍路を始めてから初めて本堂の中でお経を唱える機会が訪れました。これは、先達のご住職が交友関係のあるお寺であることが後から判りました。西暦800年代の後半に越智守興に開基されたこのお寺は、とても厳かで大きな本堂でした。


堂に入るとそこには、優しそうな千手観世音菩薩のご本尊が祀られていました。
シャッターを押す行為に多少の迷いがありましたが、後悔のないように思い切って押 しました。
たくさんの御手があり、多くの悩みを受け止めてくれそうな期待感が脳裏を過ります。
本尊を前にしてお経を唱えることはとても新鮮で、心が引き込 まれる感動がありました。

 

そして、その後、総勢30名で宿坊の食堂に入り、あらかじめ私たちのグループだけに用意してくださった精進料理をいただきました。
玄米ごはんも、季節の野菜も豆腐も本当に美味しくいただくことができました。
玄米ごはんはお代わりをして、お腹いっぱいになり、午後からの参拝に力が湧きます。


この仙遊寺から眺める伊予の町と瀬戸内海は、素晴らしいい景色でした。 



 今回、初めてお遍路の途中で忘れ物をした人がいました。
お遍路の一切の道具が入っているバッグをトイレ忘れたのです。 バスに乗って次に向かう車内で気がつかれました。ご本人(女性)はとても悲しみ、またとても言い辛そうに添乗員さんに、そしてご住職に事情を話しました。 事情を確認した上で、2 寺残っていた行程はそのまま続けられました。
その女性はろうそく・線香・おさめ札などをご友人から借りてお参りを進めましたが、結果忘れ物はお寺のトイレ から社務所に届けられ、私たちのバスが帰途で立ち寄り、無事に手元に戻ってきました。 そこで私はその人に拍手をしました。すると車内からつぎつぎに拍手が沸き、その拍手によってその女性は本当に笑顔 で、みんなに何回も会釈をしながら自分の席に着きました。この拍手は、すべての参拝者の心を豊かにしてくれました。


平日にもかかわらず、観光バスで参拝していらっしゃる他のグループに出会うこともよくあります。他グループの一つで、少し気になったことがあります。それは「(せん)(だつ)」をされている方がご住職ではなさそうですが、スケジュールが予定通りに進行していないのか、読経の早さが相当早いのです。いつもそうなのか、たまたまその時だけだったのかはわかりませんが、これでは、同行している参拝者は、参拝した気分になれないのでは・・・と感じました。私どもの先達は菩提寺の住職なので、いつも心がこもった先達をしてくださいます。

次回は1116日(水)です。

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